東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1781号 判決 1975年9月25日
控訴人
東京工機株式会社
右代表者
樋口賢之助
右訴訟代理人
岡部琢郎
外一名
被控訴人
京成金属株式会社
右代表者
井上寿岩
右訴訟代理人
真智稔
外一名
主文
原判決中控訴人敗訴部分を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述および証拠関係は左に付加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
一、被控訴代理人の主張
(一) 予備的請求原因として次の通り主張する。
(1) 本件鋼材は被控訴人が訴外横井正敏に売り渡した鋼材の一部であるから、本件鋼材について民法三一一条六号、三二二条により動産売買の先取特権を有するものであるところ、控訴人は不法にも本件鋼材を処分して、被控訴人に対し右価格相当額の損害を与えたものである。
(2) かりに本件鋼材が訴外人から被控訴人に対し代物弁済されるより以前に、控訴人主張のごとく附合によりその所有権を取得したとすれば、訴外人は控訴人に対し法律上原因のない利得をえたものとして不当利得返還請求権すなわち本件鋼材の価格相当の金一一八万二、〇〇〇円およびこれに対する控訴人がその所有権を取得したとする昭和四五年一〇月二日から支払ずみまで年五分の遅延損害金を有するから、被控訴人は訴外人に対する本件鋼材代金債権を保全するため民法四二三条一項により控訴人に対し訴外人に代位して、これを請求する。
(3) かりに右代物弁済以前に控訴人が本件鋼材を勝手に使用処分したとすれば、その行為は訴外人に対する不法行為に当るから、前項同額の賠償義務ありというべく、前項同様被控訴人は訴外人の控訴人に対する不法行為に基づく損害賠償請求権を代位行使する。
(二) 控訴人の附合により本件鋼材の所有権を取得したという主張は、時機に遅れた攻撃防禦方法であるから民訴法一三九条により却下さるべきである。
右附合の事実は争う。
二、控訴代理人の主張
(一) 本件鋼材の所有権は、昭和四五年一〇月二日訴外人と被控訴人との間の代物弁済契約より以前に、控訴人に帰属したものである。
(1) 訴外人は昭和四五年八月一〇日約八割しか建方を了しないときに、建方終了時の支払金額全部の支払いを求めたので控訴人としてもいまだ支払時期ではなかつたが約旨の金六〇〇万円を支払つたところ、同夜訴外人は行方をくらましてしまつた。そこで控訴人はやむをえず他の業者に依頼し、訴外人が工事現場に搬入し、組立てをせず放置していた本件鋼材をも使用して建築工事を続行、昭和四五年一〇月二日に竣工、同六日に登記を了したものである。控訴人と訴外人間の請負契約一九条五項は、控訴人が工事費の全額を支払つた場合には、使用、未使用を問わず建築材料の所有権は控訴人に帰属する趣旨と解されるから、本件鋼材は右特約により控訴人に帰属した。
(2) かりにそうでないとしても前記のように本件鋼材を使用して控訴人は工事の建築工事を完成したのであつて本件鋼材は工事続行中である昭和四五年八月末ころに使用を了し、工場建築物の構成部分となつて独立の存在を失い、控訴人はそのころ右附合により本件鋼材の所有権を取得したものである。
(3) かりにそうでないとしても、本件鋼材は、控訴人の所有する工場敷地の附合物として控訴人がその所有権を取得したものである。
(二)(1) 本件鋼材は被控訴人が訴外人に売渡した鋼材の一部であるという事実は知らない。
(2) 仮りに本件鋼材は被控訴人が訴外人に売渡したものであつて、被控訴人がこれにつき動産売買の先取特権を有したとしても、本件鋼材は従来主張の経緯により控訴人が適法に所有権を取得し、かつその引渡を受けたものであるから、被控訴人の先取特権はこれに対して行うことができない。
三、証拠関係《省略》
理由
一<証拠>によれば、本件鋼材(原判決添附目録引用)は、被控訴人が訴外横井正敏に対し昭和四五年六月三〇日から同年八月六日までの間、代金五九六万六、八一九円で売渡した鋼材のうちの一部であることが認められる。
二<証拠>および本件口頭弁論の全趣旨をあわせると、
控訴人は昭和四五年六月一〇日訴外横井と習志野工場(一部が二、三階建)の新築工事を代金一、二六〇万円とし、同年九月一〇日迄に完成引渡をうける旨の請負契約を締結したところ、控訴人は約旨に基づき契約と同時に金一〇〇万円、基礎工事完成時に金一〇〇万円を支払い、その後いわゆる建方工事が約八割程度進行していた同年八月九日、右訴外人は、「旧盆が近いので、鋼材屋加工業者や従業員らに支払わなければならない、あとは材料を並べるだけだから建方完了とみなして代金六〇〇万円を支払つてくれないか」と申出たので、控訴人はこれを諒承して同日建方完了時に支払うべき右金員を支払つた。建方完了とは本件の場合材料の鋼材を使用し、鉄骨を組立て、建物の骨格を完成し、あとは屋根や周壁を残すだけの状態をいう。しかるに、その後右訴外人の従業員がでてこないので、同人宅に行つてみたところ、家財道具一切なく、従業員の給料や他の支払関係を残したまま、翌一〇日ころ、右訴外人はその行方をくらましてしまつたことが判明した。
被控訴人も訴外人から右売渡代金の支払を受けていなかつたので、右の事態に驚き、急拠、仮差押手続をとり、本件鋼材を含む前記工場現場に残された鋼材に対し同年八月二一日仮差押をする一方、極力右訴外人の行方を探索した結果、同人が静岡市にいることをつきとめ、同年一〇月二日本件鋼材を代金の支払いにかえて代物弁済せしめることとし、右訴外人から控訴人に対しその旨同月四日通知された。
他方控訴人としても右事態に対処するため、右鋼材は控訴人の所有に帰したものと解し、他の業者をして工事を続行せしめようとしていたところ、被控訴人から本件鋼材に対し右仮差押がなされたので、これを不満とし、その執行の取消決定をえて(右決定がそのころ確定したことは弁論の全趣旨により明らかである)同年八月二五日これを執行し、執行官よりその引渡を受け、翌二六日から他の業者をして、残りの工事を続行せしめ、同年九月二日建方を完了し、同月一七日ころ、これを竣工せしめた。
以上の事実が認められる。
三そこでまず被控訴人の主位的請求について判断するに、前記認定のように、控訴人は本件鋼材を使用して同年九月二日建方を完了し、同月一七日ころ工場を完成せしめていたものである以上、本件綱材はおそくとも九月初めころまでには右工場建物の構成部分となつていたものというべきであるのに、被控訴人が訴外人から本件鋼材を代物弁済で取得したのは同年一〇月二日であるから、控訴人が本件鋼材の所有権が被控訴人にあることを知りながらこれを自己の工場建築に使用して被控訴人の所有権を侵害したとする被控訴人の主張の理由のないことは明白であり、これを前提とする被控訴人の主位的請求は理由がない。
四つぎに被控訴人の動産売買の先取特権に基づく予備的請求について判断する。
前記のように本件鋼材は被控訴人が訴外横井に売渡し、まだその売渡代金の支払を受けていなかつたものであるから、これに対し被控訴人が動産売買の先取特権を有したことは明らかであるけれども、動産先取特権は第三取得者との関係においては、いわゆる追及的効力を有しないため、第三取得者が目的動産につきその引渡を受けたときには、これを行使することはできない(民法三三三条)ところ、控訴人は、すでに控訴人が本件鋼材の所有権を取得し、その引渡を受けてしまつた以上、被控訴人の先取特権に基づく予備的請求も失当であると主張する。
よつて按ずるに前認定の事実に本件口頭弁論の全趣旨をあわせ考えれば、請負人横井は控訴人との請負工事の途中で工事を投げ出し、しかも行方をくらましたものであつて、かような場合注文者である控訴人としては事態を放置することができず、訴外人との請負契約を解除して他の業者に工事を続行させることのあるべきは訴外人として十分予見しえたところであり、たまたま訴外人が行方不明のため当時控訴人から契約解除の意思表示はできなかつたが、控訴人は前記の如く仮差押の取消を得て、本件鋼材の引渡を受け、これらを使用して他の業者に工事を続行せしめてこれを完成したものであつて、結局訴外人としては前記逃亡の時点で、暗黙に自ら本件請負契約の爾後の履行を拒否し、その持込んだ本件鋼材その他の材料も控訴人の処分にまかせ、あとは自由にしてほしいとの態度を示したものというべく、控訴人もやむなくこれを了承して、本件鋼材の所有権を取得したものとして前記のとおりの処置をとつたものというべきであるから、これにより右請負契約は将来にわたつて合意解除され、その工事の出来高(乙一号証二六条によれば解除の場合出来高は注文主の所有とする旨特約されている)はもちろん、未使用の本件鋼材(そのうち相当部分は前示建方完了時に使用されるべきもので、その部分は前記六〇〇万円支払のさいの了解により建方完了とみなされているから、出来高として数えることもできるが、それでもなお建方完了後に使用されるべき鋼材もあつたと認める)の所有権もすべて注文者である控訴人の所有に帰し、ただ爾後は控訴人と訴外人間に将来清算の問題を残すのみとなつたものであると解するのが相当である。その後に訴外人が被控訴人に対し本件鋼材を代物弁済に供したとしても、右は被控訴人に対してもその売買代金不払のまま行方をくらました訴外人が、その後所在をつきとめられて被控訴人の要求によつてしたものであることが、前認定の事実からうかがわれる本件において、右事実はなんら右認定を左右するものではなく、その他にこれをくつがえすべき的確な証拠はない。そうだとすれば控訴人は適法に本件鋼材の所有権を取得し、かつその引渡を受けたものというべきであるから、控訴人の抗弁は理由があり、被控訴人の先取特権侵害の主張は、失当としてこれを排斥すべきである。
五次に被控訴人の代位権行使による請求につき判断するに、すでに認定判示したとおり、控訴人は訴外横井との前記経緯から本件鋼材につき適法にその所有権を取得したものであつて、本件鋼材の所有権が右訴外人に存することを前提として、控訴人の本件鋼材の使用が訴外人に対し不当利得ないしは不法行為に該当すると主張することは失当である。もつとも訴外人と控訴人との間にはなお清算を要すべき関係にあることは前記のとおりであるが、被控訴人の主張はこれをいうものではないのみならず、原審における証人腰塚義政の証言によれば控訴人は訴外人に支払つた分を含めて前記工場建設に結局一、三五〇万円を要していることが認められ、これと本件鋼材の価額八六万九、〇二八円とを対比すると清算の結果控訴人が訴外人に対して果して支払うべき分があるかどうかは疑問である。
いずれにしても訴外横井が控訴人に対し本件鋼材の所有権が自己に存することを前提として不当利得あるいは不法行為にあたるとして控訴人に対し利得の償還あるいは損害の賠償の請求をしうることに基づきこれを代位行使するという被控訴人の各請求が理由のないことは明らかである。
六以上説示のとおり被控訴人の控訴人に対する本訴請求はすべて理由がないものとして棄却を免れず、これと異る原判決は相当でないからこれを取消すこととし、これを求める控訴人の本件控訴は理由がある。
よつて民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(浅沼武 加藤宏 高木積夫)